
生態系の中にある人
玉岡:
大阪市立総合医療センターでは、どのような診療や研究に携わっておられるのかお聞かせください。
森田:
大阪市立総合医療センターは大阪市北部に位置し、46診療科1063床を有する大阪市内最大規模の公立病院です。第一種、第二種感染症指定医療機関でもあり、エボラ出血熱等の一類感染症の患者さんにも対応します。
私たちの感染症診療には大きく三つの柱があります。1つ目は一般感染症診療です。肺炎、尿路感染症、胆管炎、腸炎、インフルエンザ、COVID-19などの診療をしています。新型コロナウイルス感染症では2020年1月から患者さんの受け入れを開始し、大阪府下で中心的な役割を果たしました。後述しますが院内感染対策も重要な業務です。2つ目は性感染症診療で、特にAIDS患者さんを含むHIV感染症診療をしています。梅毒診療にも力を入れており、産科や新生児科と協働して梅毒合併妊娠や先天梅毒児の治療を行っています。3つ目は渡航関連感染症診療です。熱帯病治療薬研究班の班員として重症熱帯熱マラリアの患者さんの診療にも携わっています。また様々な寄生虫症や節足動物媒介感染症の診療に力を入れています。ダニ媒介感染症の診療機会も増え、最近ではSFTSや日本紅斑熱、つつがむし病、African tick-biite feverの患者さんの診療を行いました。その他、結核や近年増加の一途を辿る非結核性抗酸菌症の患者さんに対する診療もしています。
研究は豊富な臨床事例をもとに、HIV、梅毒、マラリア、エムポックスウイルス、アルボウイルス、非結核性抗酸菌等について、大阪公立大学、大阪大学、地方衛生研究所である大阪健康安全基盤研究所、国立健康危機管理研究機構、結核研究所などと共同で行っています。
玉岡:
感染症内科をご専門とされたきっかけをお聞かせください。
森田:
医師になった当初は臨床よりも基礎研究をしたいと思っていました。出身である大阪市立大学(現・大阪公立大学)では、当時教授であった金子 明先生の寄生虫学教室に所属していました。金子先生はマラリアの研究者です。バヌアツやケニアでマラリアの制圧プロジェクトをされていて、その活動にとても影響を受けました。同教室には木俣 勲先生もいらっしゃいました。木俣先生からは寄生虫の形態学を中心に寄生虫学の基礎を教えて頂きました。その後来られた城戸 康年先生(現教授)からはこれからの寄生虫学、感染症学について教えて頂きました。現在は長崎大学におられる加賀谷 渉先生からは研究の楽しさを教えて頂き、いろいろな相談に乗って頂きました。そのような環境で学び、将来は寄生虫症、熱帯病に関する研究をしたいと思うようになり、感染症学に関心を持ちました。
また、小さい頃から生き物が好きでした。中学高校生の頃には、大阪市立自然史博物館の「ジュニア自然史クラブ」に参加して、鳥や昆虫、植物を探しに行っていました。生態系ではさまざまな生物が互いに関わり合いながら存在しており、その関係性は決して一方通行ではありません。大学で寄生虫の勉強をするようになり、ヒトもまた生態系の中に組み込まれた一つの生物種であることを実感しました。しばしば私たちを苦しめる病原微生物もまた、私たちと同様懸命に生きています。そんな彼らについて深く知り、彼らと正面から対峙することで患者さんの健康を取り戻すことを目指す感染症診療は私にとってとても魅力的なものです。
玉岡:
感染症内科医としてどのような点にやりがいを感じていらっしゃいますか。
森田:
人と病原微生物という生物どうしのせめぎ合いの中で、同じ人の立場から患者さんと共に患者さんに巣くう病原微生物と戦い、患者さんが健康を取り戻してくださるのはとてもやりがいがあることです。抗微生物薬はあくまでも患者さんが微生物と戦うためのアシストパスだと思っています。抗微生物薬は病原体との戦いを助ける重要な手段ですが、最終的に感染症を治癒へ向かわせるのは患者さん自身の免疫です。患者さんが自らの免疫で病原微生物に打ち勝てるように、上手に患者さんの全身状態を整え、抗微生物薬というアシストパスを出す、ということには大きなやりがいがあります。
もう一つは、感染症はその多くが人から人に伝播するものであり、ある人の感染症をきちんと治療することが公衆衛生上、つまり他の人々にとっても非常に重要であるということです。新型コロナウイルス感染症の流行でも実感しましたが、行政と力を合わせて人々を救うこともできます。また基礎研究を通じて人々を救うこともできます。感染症内科学ではさまざまなアプローチで人々の健康の手助けを出来るということも大きな魅力だと思います。
玉岡:
一方で、感染症内科医としての難しさはどのような点でしょうか。
森田:
患者さんは命懸けで戦っていますが、病原体も命懸けです。病原体は体内で増殖を繰り返すなかで様々な変異を生じ、宿主免疫や薬剤の圧のもと選択され、強くなっていきます。その速さ、巧みさにはいつも感服するとともに困難を感じています。
また、これは感染症内科に限りませんが、医療が相手にするのは「人」ですので、なかなか思うようにはなりません。患者さんの立場になって考えてみると、医師に言われた通りにばかりはできないこともわかります。生活背景、心理的な負担、経済的制約、文化的背景、依存や孤立など、さまざまな要因のなかで、人は必ずしも医学的に望ましい行動を選べるわけではありません。だからこそ行動を責めるのではなく、その背景を理解しながら診療することが大切です。それは難しさというより、人間臭くて良いなと思って診療しています。
玉岡:
病院内での連携や意思決定はどのように行われているのでしょうか。
森田:
感染症内科医の仕事の一つに院内感染対策があります。抗菌薬適正使用支援チーム(AST)や感染対策チーム(ICT)の活動では、さまざまな部署の人と折衝をする必要があります。ASTやICTは「注文を付けてくる面倒なチーム」と認識されることがありますが、そうではなくて、介入先の先生方と同じチームとして一緒にやっていけると思っています。例えば、広域抗菌薬を使いたい医師と薬剤耐性化を減らすために微生物学的により良い抗菌薬を選択したいASTで意見が一致しないこともあります。そうした時に、どこを落としどころ、つまり両者にとっての最善の妥協点にするかを探るのは難しいことで、コミュニケーション力や日頃からの信頼関係が問われます。そのためには、電話やカルテ記載だけで完結させるのではなく、直接その先生と会って話したり、患者さんのところに一緒に行ったりして、議論を深めることが重要です。また、ベッドサイドだけでなく、検査室や薬剤部など院内のあちこちに赴くことも厭いません。我々医療者はみな「患者さんをよくしたい」という思いを持っており、時に厳しく議論しながらもその思いを胸に協働できることはとても幸せなことです。

グローバル化と感染症診療
玉岡:
大阪市立総合医療センターでは、渡航などに伴う感染症にも対応しておられると伺いました。大阪における感染症や輸入感染症の状況をどのように見ていらっしゃいますか。
森田:
コロナ禍が明け、多くの日本人が外国に行き、また多くの外国人が日本に来ておられます。またベトナム、ミャンマー、ネパールなど東南アジア、南アジアを中心に多くの方々が日本に働きに来てくださっています。途上国の衛生状態の改善に伴い、以前と比べると海外から熱帯感染症が持ち込まれることは少なくなっていますが、新しい感染症も出現しており、また人々の往来がより活発化することが見込まれるため今後も注意が必要です。また大阪はもともと日本の中でも特に結核患者さんが多い地域ですが、外国人労働者や留学生の方が結核を発症する事例が増えています。HIV感染症においても外国人患者さんが増えています。これらも丁寧に対応すべき課題です。
玉岡:
外国人患者の方を受け入れられる際に、特に大切にされているのはどのようなことでしょうか。また課題がございましたら、お聞かせください。
森田:
日本人患者さんの場合はどのような環境や文化背景で生きてこられたかをある程度イメージすることができますが、外国人患者さんについては必ずしもそうではありません。これまでどのように生きてこられたかに思いを馳せ、文化的、宗教的、政治的、民族的な背景についてもできる限りケアすることが大切です。
また、日本語や英語でのコミュニケーションが難しい患者さんを診察するときには、いろいろな通訳システムを使うことが必要になります。タブレットや電話を介した通訳が手軽ではありますが、やはり表情やその場の空気感など繊細なニュアンスを伝えることは難しく、当院では可能な限り通訳者さんに同席頂いて診療するよう心がけています。幸い、当院の近隣には外国人の支援に力を入れておられるCHARMというNPOがあり、いつもお力をお借りしています。最近、体調不良で働けなくなって在留資格を失った30代のベトナム人の技能実習生が結核疑いで入院され、結果的に悪性腫瘍の一つであるユーイング肉腫と診断した事例を経験しました。がんの告知は日本人患者さんでも難しいですが、日本語も英語も通じないその患者さんにおいては特に難しいものでした。幸い、CHARMが医療通訳者さんを派遣して下さり、その方の通訳を介してどうにかご説明することが出来ました。その方は故郷での治療を希望され、後日、行政職員の方々と共にベトナムまでお送りしました。患者さんをご家族のもとにお連れできた時にはとても感慨深かったです。

熱帯医学分野における日本の役割と可能性
玉岡:
日本熱帯医学会学生部会には、熱帯医学に関心のある学生が集まっていますが、日本は熱帯医学にどのように貢献できるとお考えでしょうか。
森田:
我が国において日本住血吸虫症は比較的早期に撲滅されましたが、これは公衆衛生に携わる人々の尽力による世界に誇るべきレガシーだと思います。ここで「公衆衛生に携わる人々」というのは、行政だけでなく、研究者もそうですし、そして何よりも地域の住民たちです。科学立国日本が培ってきた様々な技術と、行政と研究者そして住民が一体となって衛生状況を改善するストラテジーを、感染制御に困難がある地域にご提供できると良いと思います。また現在の熱帯医学やグローバルヘルスでは、感染症だけでなくNCDs (Noncommunicable Diseases:非感染性疾患)も重要な課題です。熱帯地域では感染症、栄養、母子保健の問題が残る一方で、糖尿病、高血圧、心血管疾患、慢性腎臓病、がんなどの負担も増えています。感染症とNCDsは別々のものとして捉えるのではなく、社会経済状況、医療アクセス、生活環境、都市化などの背景を含めて総合的に考える必要があります。総合的な対策という観点からも日本は大いに貢献できるものと考えています。重要なのはこれらが決して一方向的ではいけないということです。現地の研究者、医療者、そして住民と協働し、互いに学びながら取り組むことが肝心です。ケニアやタンザニア、タイ、ベトナムを訪れた際に感じましたが、日本あるいは日本人は海外の方々から大いに信頼を得ています。信頼のもとで感染症対策に取り組むことができるのは、日本の代えがたい強みです。
玉岡:
日本における熱帯感染症の位置づけは今後どのように変わっていくとお考えでしょうか。
森田:
グローバルな視点で見ると、熱帯地域の重要性は今後さらに高まっていくと予想されます。熱帯地域の多くがいわゆるグローバルサウスの国々と重なっており、人口、経済、文化、学術等の面で、これらの地域の存在感がますます大きくなっています。一方で、そこには感染症だけでなく、NCDs、都市化、気候変動、医療アクセス、格差といった複合的な健康課題を抱えています。日本から熱帯地域を訪れる機会や、熱帯地域から日本に来られる方が増えることで、日本で熱帯感染症を診療する機会や、小規模なアウトブレイクに対応する機会が増える可能性があります。
一方で熱帯感染症の流行は地域の衛生状況の改善に伴ってある程度は収束すると考えます。現に東南アジア地域渡航後のマラリア患者さんの診療機会はこの20年間で大幅に減少しました。しかし、例えばデング熱など蚊媒介ウイルス感染症の撲滅は難しいでしょう。このような感染症においては「致死率が低くても社会経済的負担が大きい」という概念が重要です。NTDs(Neglected Tropical Diseases:顧みられない熱帯病)は本来しっかりと顧みるべき疾患です。
玉岡:
先生の目標、夢、やりたいことはどのようなことでしょうか。
森田:
何か自分でないとできないことを成し遂げられればと思っています。目の前の患者さんを救うことはとてもやりがいがあり幸せなことですが、できれば“人々”を救いたい。そのために何か今の科学常識を変えられるような発見をしたいですね。さらには、人だけでなくさまざまな生物が共存しながら持続的に生きていけるような状況を作れればと思います。これはもはや感染症の専門家として出来ることではないかもしれませんが…。
玉岡:
最後に、日本熱帯医学会学生部会の会員に向けてメッセージをお願いします。
森田:
ぜひ型にはまらず、色々なことをやって頂きたいです。学生ゆえの忙しさもあると思いますが、自分で調整可能な時間も幾分あるかと思います。医学と関係ないことでも良いので、とにかく色々なことを経験してみるのが良いと思います。学生時代をなんとなく過ごすのではなく、何かに思い切り取り組んでもらいたいと思います。大学というのは周囲に研究者が沢山いるとても充実した環境です。身近な研究者に研究の内容を訊いてみると大いに教えてくださるでしょう。もしかするとフィールドワークや学会に連れて行って下さるかもしれません。それはとても貴重な経験になるはずです。
熱帯医学という観点では、あちこちの国(国内でも良いのですが)に行って現地の人々に会い、話し、色々な人がいて色々な生活、生き方があることを肌で感じてほしいと思います。世界中どこに行こうが人々は懸命に生きています。共通点も相違点もたくさん見つけてほしいと思います。きっとあなたの人生も豊かになるでしょう。

対談者プロフィール
森田 諒
大阪市立総合医療センター感染症内科医師。大阪市立大学(現・大阪公立大学)医学部を卒業後、りんくう総合医療センター、大阪市立大学医学部附属病院で研修。学生時代に所属した寄生虫学教室で感染症学への関心を深める。現在は、大阪市立総合医療センター感染症内科にて、一般感染症から輸入感染症まで幅広い診療に携わっている。趣味は旅、山登り、釣り、バードウォッチング。
玉岡 遊亀
熊本大学医学部医学科2年。愛媛県松山市出身。2024年に聖路加国際大学看護学部を卒業後、熊本大学医学部に進学。中学・高校時代を海外で過ごした経験から、異なる文化的背景を持つ患者への医療提供、日本における外国人患者支援に関心を持つ。感染症学、公衆衛生学にも関心を寄せている。将来は臨床と社会をつなぐ視点を持ち、臨床および臨床研究に携わる医師を志望している。