
寄生虫学研究の歩みと転機
篠澤:
現在、どのようなお仕事をされているのか教えてください。
河津:
東南アジアの住血吸虫症の診断法について研究しています。具体的には、フィリピンなどで調査を行い、現地に即した診断法の開発研究を行っています。フィリピンで流行する日本住血吸虫症は水田で使役しているスイギュウなどを介して流行する人獣共通感染症です。また、フィリピンやインドネシアなど住血吸虫症が流行している東南アジア4カ国の研究者間で情報の共有を目的とした国際交流会議を主催して、この寄生虫病の排除に向けた共同研究と相互連携を進めることで、各国の自立発展へ向けた協力体制の整備もお手伝いしています。他にも、長崎大学熱帯医学研究所の濱野先生が主宰するSATREPSに参画する機会をいただき、ケニアの住血吸虫症の流行での動物と動物の住血吸虫の関わりについても調べています。
篠澤:
現在のお仕事に至ったきっかけや背景を教えてください。
河津:
北里大学の獣医学部を卒業してから、初めは農林水産省に入省して、家畜衛生試験場(現:動物衛生研究所)でウシの原虫病の研究をしていました。その後、北海道大学で博士号(獣医学)を取得し、すぐにアメリカに留学する機会があり、シカゴ医科大学に行きました。大学では、K.P Chang教授*に師事することになり、リーシュマニアの研究を始めました。そこではじめて、”メディカルパラシトロジー”人の寄生虫病の研究を始めることになります。それが、熱帯医学との出会いなのかもしれません。
*現 ロザリンド・フランクリン大学(シカゴ医科大学)教授。リーシュマニアの分子生物学、遺伝子治療、および寄生虫の宿主細胞内での生存メカニズムに関する研究を牽引している。
マラリアとの出会いと新たな研究領域への挑戦
河津:
帰国して、5年くらいは、元の試験場でまたウシの寄生虫の研究をしていたのですが、その当時、国立国際医療センターに研究所(現 国立健康危機管理研究機構(JIHS))ができました。感染症の研究に力を入れるということで、狩野繁之先生*が群馬大学医学部から適正技術開発・移転研究部の部長に異動されてきました。共通の研究者の先生のご紹介で、狩野先生のもとで、本格的にマラリアの仕事をする機会を得ました。国立国際医療センター研究所では、8年間マラリアの基礎研究とフィリピンでの薬剤耐性原虫の調査を行っていました。その後、帯広畜産大学への異動を機に、フィリピンで問題となっていた人獣共通感染症の日本住血吸虫症に研究テーマを変更しました。
*現 国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 熱帯医学・マラリア研究部部長
篠澤:
マラリアから日本住血吸虫へ方向転換をして、ご苦労されることが多かったのではないでしょうか。
河津:
メインのフィールドが同じフィリピンだったので、コラボレーターが一緒でやりやすかったと思います。また、住血吸虫症は20年30年前は日本の寄生虫学会のメインの研究テーマだったんですけれども、僕が住血吸虫症の研究を始めた頃は、日本の寄生虫病研究のメインテーマがマラリアにシフトしていました。だから、ほとんど研究者がいませんでした。
篠澤:
やはり、日本国内で住血吸虫が根絶されたことが要因として大きいのですか。
河津:
それもありますね。他には、往時に住血吸虫症を研究されていた先生方が引退されていったこと。あとは、20年くらい前にマラリア研究ブームがありまして。そこで、研究者が研究費を取りやすいマラリアへ流れていったというのもあります。その分、やり残していることがありました。そういう意味では、様々な面白いテーマに出会えたと思います。マラリアから住血吸虫症にシフトチェンジしたのは、今思えば私にとって良い転機となりました。
ワンヘルスの視点で挑む寄生虫研究の魅力と課題
篠澤:
現在のお仕事の面白さ、やりがいについて教えてください。
河津:
日本住血吸虫症は人獣共通感染症なので、動物を対象とした対策が不可欠です。しかし、フィリピンやインドネシアでは、この部分がまだ手つかずの状態です。また、アフリカの住血吸虫症でも、最近になって野生のサルへの寄生虫の感染や家畜の寄生虫とのハイブリッドの出現など、動物との関わりが注目されています。「ワンヘルス」*という言葉が使われて久しいですが、熱帯病の対策に動物感染症の専門家として携われることにやりがいを感じます。また、新しい病原体の出現や新しいライフサイクルの派生を実体験できる寄生虫病学という学問のダイナミックさに面白さとやりがいを感じます。
*人や動物の健康と、それを取り巻く環境を包括的に捉え、関連する人獣共通感染症などの分野横断的な課題に対し、関係者が連携して取り組む概念
篠澤:
では、現在のお仕事の大変なこと、難しさについて教えてください。
河津:
かつては日本の寄生虫病研究の中心的なテーマであった住血吸虫症ですが、現在はこの病気を研究テーマとする研究者が激減しており、その傾向は若手の研究者ほど顕著です。しかし、数年前から日本での住血吸虫症の研究に対する国内外の期待が高まり、いくつかの大きな研究プロジェクトが稼働しています。これらのプロジェクトでは、大きな研究成果や海外研究者とのネットワーク構築が期待されますが、できれば、日本の若手研究者のみなさんにそれらを継承し、さらに発展させていただけると、とても嬉しく思います。
日本が担う熱帯医学への責務と貢献
篠澤:
日本人が熱帯医学に関わる、貢献する意義は何でしょうか。
河津:
私たちもかつては、マラリアや住血吸虫症をはじめとするさまざまな寄生虫病の流行を許し、その対策に苦慮した歴史をアジアやアフリカの途上国と共有しています。人類を脅かす寄生虫病対策の先導役を果たすことは、アジアで唯一、これらの寄生虫病の排除を達成した私たちの責務だと考えます。また、これらの寄生虫病と戦った先人たちの知恵を後世に伝える責任もあると考えています。私はこの本「死の貝」を学生さんによく勧めてるんですけれども。この本には、先人たちの頑張りがよく書いてありまして、我々の先輩達がどのように住血吸虫症と闘いそれを克服したのかということが書かれています。やはり、先人の知恵とか知識というのは我々が継承していかなくてはと考えています。

篠澤:
この本のほかに好きな言葉、影響を受けた人/作品などはありますか。
河津:
国立国際医療センター研究所時代に笹月健彦先生*から言われた「常に物事の本質を追究しなさい」という言葉が気に入っています。シンプルですが核心をついた教えだと思います。「目標や手段ではなく目的を追求せよ」と理解しています。迷ったときはこの言葉に従って行動するようにしています。
*現 九州大学名誉教授・高等研究院特別主幹教授・国立国際医療センター名誉総長 、2023年逝去
研究者減少という課題 ― 継承されない知
篠澤:
グローバルヘルスの課題のなかで、どの分野に危機感を覚えていますか。
河津:
自分の今いる世界の中で関連していることの中で、危機感を覚えているのは寄生虫、特に住血吸虫症の若手研究者がほんとうに少なくなってしまっていることです。先ほどお話ししましたが、日本住血吸虫症は日本人が色んなことを見つけて日本人の手で日本からなくした病気です。やはり日本が貢献しなければいけない、一番大切な病気だと思っています。しかし日本人の若手でこの病気をメインテーマにする研究者が本当に少ないのです。それがすごく心配です。
近年、国際社会からこの病気の対策に関して、日本への期待が大きくなってきていることを感じます。現在、住血吸虫症に関する大きなプロジェクトが多く採択されているのも、その表れではないでしょうか。これから色んな成果がでてくると思います。しかし、この流れが次の世代に引き継がれていくのかという点ではすごく心配です。
ワンヘルスの最前線 ― 人・動物・環境をつなぐ研究
篠澤:
ワンヘルスアプローチをどう考えていますか。
河津:
ワンヘルスの本質はコミュニケーションだと思います。要するに様々な専門性を持ったチームの中で、自分の専門性をちゃんと理解して、自分の言葉で自分は何ができるのか、どのようにチームに貢献できるのか、ということをしっかり話し合い、お互いが理解し合う。コミュニケーションが大切だと思います。
篠澤:
今後の目標、夢、やりたいことを教えてください。
河津:
一線を退いた(と思っている)ので、今後は住血吸虫症などの寄生虫病対策をテーマとする現役のみなさんのお仕事をサポートする役割を任せていただければ、とてもありがたいと思っています。これまで培ってきた経験と人脈で、何かのお役に立てれば幸いです。
篠澤:
最後に日本熱帯医学会学生部会員に向けてアドバイスやコメントをお願いします。
河津:
住血吸虫症の研究のように、一旦は下火になった研究テーマが再び注目されることがあります。大切なことは、時代が変わっても、決して変わらないと思います。これは自分への反省でもありますが、自分の専門分野を大切にし、今は厳しい状況でも辛抱強く続けることが重要だと思います。
篠澤:
ありがとうございました。

対談者プロフィール
河津 信一郎
埼玉県出身。北里大学獣医畜産学部獣医学科卒業。北里大学大学院獣医畜産学研究科修了。獣医学博士(北海道大学)。農林水産省入省後、国立国際医療研究センター研究所の室長などを経て、2006年に帯広畜産大学原虫病研究センター教授。専門は分子寄生虫学。
篠澤 美空
東京都出身。国際医療福祉大学成田看護学部看護学科4年。看護学及び公衆衛生学を専攻。
一般社団法人Health for all.jpを設立し、三大感染症の政策提言、啓発活動を行う。
将来は、アフリカをフィールドとした疫学調査に従事することを目指す。マイブームはインド映画鑑賞。