
リーシュマニアが紡いだご縁
大澤:
現在、どのようなお仕事をされているのか教えてください。
後藤:
研究室の名前は応用免疫学で、感染免疫の研究を行っている研究室です。テーマはリーシュマニアという寄生虫の感染症です。研究室自体は設立されて30年ぐらいで、教授としては私が3代目になります。初代教授の小野寺先生*は、プリオンやスローウイルス感染症の研究をやっていた方です。2代目の教授は、私の直接の指導教員だった松本先生*で、私が研究室に配属された当時は准教授だった松本先生がリーシュマニア感染症を研究していました。研究室の主体としてはプリオンの研究をしている学生が多かったのですが、私はリーシュマニアをやっている松本先生についたので、そのままずっと一貫してリーシュマニアの研究をしています。今では、リーシュマニアであればなんでも研究をしていて、例えば基礎免疫から、実際の病気・対策のところまで幅広くやっています。なので、何をやっているかと聞かれると、リーシュマニアをやっていますとしか言いようがなくて難しいのですが、基礎から幅広いところまでラボとしてやっています。例えば、三條場先生*は媒介昆虫をやられていますし、基本的にはリーシュマニアを制御するためにつながるような基礎から応用というものをラボで分担しながらやっています。
*小野寺先生:小野寺 節(東京大学大学院農学生命科学研究科 食の安全研究センター 教授名誉教授)
*松本先生:松本 芳嗣(東京大学大学院農学生命科学研究科名誉教授)
*三條場先生:三條場 千寿(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻高次生態制御講座准教授)
大澤:
現在のお仕事に至ったきっかけや背景を教えてください。
後藤:
先ほどの話でも述べましたが、ずっと変わっていないんです。相川先生*にお願いして、ポスドクでアメリカに留学させてもらったり、その後帯広畜産大学に移ったりと場所は変わっていますが、リーシュマニアの研究はずっと続けています。アメリカでのポスドク5年目の時に、そろそろ日本に帰国したくて、帯広畜産大学に運よく拾っていただきましたし、色々な人の縁に恵まれて、ギリギリ生き延びてきています(笑)
*相川先生:相川 正道(当時東京大学)
(左から相川 正道先生、後藤 康之先生)
大澤:
修士の頃から、今と同じような免疫の研究をされていたのでしょうか。
後藤:
そうなんですよ。修士課程の時にいただいたテーマとして、リーシュマニアの生ワクチンの研究をしようとなって、インターフェロンγなどのサイトカインを発現するリーシュマニアを作れば、感染した時に生ワクチンとして機能するのではないかと考え、いろんなサイトカインを発現させたリーシュマニアを作ろうとしていましたが、そもそも発現ベクターなどでうまくいっていなかったのですが、私のもう一人の師匠である河津先生*に発現ベクターをいただいてからはうまくいくようになりました。
*河津先生:河津 信一郎(帯広畜産大学獣医学専攻教授)
(左から後藤 康之先生、河津 信一郎先生、松本 芳嗣先生)
リーシュマニアって面白い!
大澤:
では、現在のお仕事の面白さ、やりがいについて教えてください。
後藤:
リーシュマニアかわいいですよというのではなくてですか?(笑)リーシュマニアはとても生物学的にも特殊ですし、免疫学的にもとても面白い生き物で、リーシュマニアが素敵という理由で研究している人は結構います。私もその一人です。リーシュマニア研究分野は本当に世の中で特殊で、リーシュマニア研究をしている人はなぜか本当にリーシュマニアだけが好きな人が多くて、リーシュマニアックという単語があるぐらいです。また、リーシュマニアだけの学会が4年に1回あります。リーシュマニアをやっていない人がきたら盛り上がらないぐらいみんながリーシュマニアのことだけを数日間かけて話し合うというぐらいです。
大澤:
そんな学会があるんですね。とても面白そうですね。
後藤:
面白さと言う意味では、生き物としても面白いし、免疫学的にもとても面白いです。
ところで、皆さんは何で病気に興味があるとか考えたことありますか?
大澤:
その病気によって色んな人の人生が変わってしまうものであり、人間が生きてる限り病気と戦い続けなければならないものだからですかね。
後藤:
そうですよね。本当に公衆衛生という意味を考えると、感染症コントロールというものはとても大事で、その中でも私たちは、「そもそも何で病気になるんだろう?」というところにも興味があります。病原体が身体に入ってきた時に病気になりますよね。でも、免疫がうまく働いていれば病原体をやっつけて病気にならないかと言えば、意外と免疫があるからこそ、病気という身体に良くない状態が生み出されているという状況があるんですね。典型的な話で言えば、発熱やくしゃみなどもそうです。皆さんは花粉症ですか?
大澤:
今まさに花粉症で苦しんでいます。
後藤:
私も今とても苦しんでいますが、その花粉症も、免疫がない人は花粉症にもならないわけじゃないですか。そういうふうに、身体を守ってくれていると思いきや、自分の身体に都合の悪い不利益をもたらしているのも、免疫なんだなという話に非常に興味があります。「そもそも病気って、病原体が悪いんじゃないんじゃない?」という話に興味があり、そこのバランスをうまく取れたら、病原体を完全に排除するということではなくても、病気を根本的に解決することができるのではないかということを考えています。
大澤:
それは非常に興味深い話ですね。
後藤:
そういう意味では、真核生物というのは非常に研究しやすいです。急激に増える病原体は、それこそシンプルに「やっつけるか、やっつけないか」という話になりますが、慢性感染症を引き起こす病原体というものは彼らもプロなので、免疫のバランスが重要になってきます。免疫学的にも病気の本質的にも非常に面白いものが寄生虫感染症だなとずっと感じています。幼い頃から、病気に興味があったからこそ、寄生虫が一番面白いなと今思っています。
大澤:
では逆に、今リーシュマニアを研究されていて大変なことや、難しさについて教えてください。
後藤:
先ほど、真核生物の慢性感染症・免疫がとても面白いという話をしましたが、その裏返しとして、実験がとにかく長くかかるということがあります。マラリアの場合、短期間のモデルであれば、感染後およそ1週間で生死の判断がつきますし、サルを使った実験でも約1ヶ月で免疫学的な違いが現れます。一方で、私たちが現在取り組んでいるマウスモデルを用いた内臓型リーシュマニア症の研究では、1回の感染実験に約6ヶ月を要します。長期間感染した際にどのような症状が現れるのかを観察する必要があるため、感染後はひたすら待つという状況になります。そのため、実験の回転効率が非常に低く、そこが最大の課題となっています。長期的なワクチンの研究などもアメリカで行われているのですが、そういった研究は一年単位で行っているので、ワクチンの配合を変えてもう一回再チャレンジなどをしていたら、もう2〜3年の仕事になってしまいます。なので、どうしても研究開発が遅いというのは、こういった寄生虫の慢性感染症に付きものかなと思います。
日本から世界へ羽ばたくには
大澤:
続いて、日本(日本人)が熱帯医学に関わる、貢献する意義は何でしょうか。
後藤:
実際に「日本人が」熱帯医学としてのリーシュマニアの対策を海外でしようとすると、難しいです。なぜなら、海外ではリーシュマニアの研究が盛んだからです。つまり、「日本人が」という話に特に需要がありません。例えば、日本住血吸虫症の対策をインドネシアやフィリピンで行うならば、「日本人」というのがつくと思います。なぜなら、日本が唯一その病気を制圧できたという実績があるからです。どうやって制圧できたかの過去のノウハウがあるので、それを同じ島国のインドネシアやフィリピンで似たようなアプローチをするというのは、やりやすいんです。でもリーシュマニアは日本が他の国よりノウハウを持っているとかではないので、基礎研究では世界的にもフェアに戦えるかもしれないけど、熱帯医学としてのリーシュマニアにどう対策するかを考えた時に、そこまで強みがないです。
大澤:
なるほど。
後藤:
三條場先生は世界でも数少ないベクター、媒介昆虫研究をやってらっしゃって少し強みがある。私だったら診断に比較的強みがあると思います。世界レベルで見ると、ある特定の分野で強みがあるから入り込めるのはあるけど、やはり「日本人として」熱帯医学に入り込んだ方がいいよねっていう話は、そんなに言えるほど経験がないというのが正直なところです。
大澤:
とても考えさせられる話ですね。私も学生の立場でなんとなく、日本人だからできることがあるのではないかと考えていましたが、自分自身に強みがないと何も貢献することができないという状況になってしまうかもしれないですね。
後藤:
みなさんは実際海外に行ったことがありますか。私は先日ザンビアとマラウイに行っていたのですが、これらの国はそもそも国籍問わず海外の研究者があまり入っていないので、日本人でも外国人でも、もう少し入ってきた方がいいと思います。これらの国にはインフラが十分ではないので、「日本人が」というよりは余力がある人がノウハウを渡した方がいいと思います。私はいま、ザンビアやマラウイでAMED*のプロジェクトとして人獣共通リーシュマニア症に対する研究を進めています。ザンビアでリーシュマニアは存在しないことになっていたんですが、研究を進めていくと犬から典型的な人獣共通のリーシュマニア症が見つかりました。これはもっと実態を知る必要があるので、研究をさらに進めた結果、地域によっては高率でリーシュマニア感染が存在している状況だと分かりました。シンプルにザンビアの人にこのような状況ですと伝えるのが目的でこのプロジェクトをやってます。ザンビアの隣のマラウイでは一応リーシュマニア症の報告はあるんですが、ザンビアには存在していないというWHOのデータに対して「そんなわけあるか!!」と思って調査すると発見したということです。調査するかしないかは日本人でなくてもよくて、誰でもよいから知識がある人が、入ってきて病気の有無の調査をすることが大事だと思います。
*AMED:国立研究開発法人日本医療研究開発機構
大澤:
やはり「日本人が」というよりかは自分の強みとは何なのかというのを知った上で、まだ誰も踏み入れてない領域にチャレンジしてみるというのはこれから大切になってくるのでしょうね。
(右から後藤康之先生、林田京子先生(北海道大学)、三條場千寿先生)
後藤:
今、日本でリーシュマニアを主として研究してるのは、私たちと長崎大学の濱野先生*、自治医大の加藤先生*の3グループくらいかと思います。濱野先生はリーシュマニアのワクチン開発に強い。自治医大の加藤先生は、南米におけるサシチョウバエ研究や疫学研究に強い。とはいえ、わずか3グループでリーシュマニアの全分野をカバーしようとしても無理です。リーシュマニアの研究人口が増えるといいですが、そもそも日本では大学の寄生虫の講座が減ってますよね。その縮小傾向の中で、日本の寄生虫研究はマラリアに重点的であるとも言えます。もちろん、病気の重篤さや患者数は他の寄生虫疾患と比較してマラリアの方が多いんです。でも、全体的な研究者の配分が偏っているのか、アメリカにはものすごい数のリーシュマニア研究者がいるのに日本にはそうでもないという状況なので、もう少し日本としてもリーシュマニア研究が盛り上がるとよいなと思います。リーシュマニアはマラリアに比べると研究者の数も少ないので、ほどよい競争環境で研究ができます。
*濱野先生:濱野 真二郎(長崎大学熱帯医学研究所寄生虫分野教授)
*加藤先生:加藤 大智(自治医科大学医学部感染・免疫学講座医動物部門教授)
大澤:
ザンビアでリーシュマニアを発見したことはザンビア政府には提言したんですか。
後藤:
リーシュマニアは人獣共通感染症なので、感染している犬が見つかったならば、おそらく人にも感染してると思います。ザンビア政府より人における調査許可をいただいて、実際に人で調査をしてみると、やはり陽性の方が確認できました。でも現地の人はリーシュマニア症という病気すら知らない状況です。発熱と貧血と脾腫があるけどマラリアでも結核でもない。診断がつかずに何かわからない病気で苦しんでる人が数多くいます。日本だと除外診断をしていった結果として治療に結びつきますが、ザンビアではお手上げになります。リーシュマニア蔓延国ならばWHOから治療薬が提供されることもありますが、ザンビアではそもそも報告がないので治療薬も来ません。リーシュマニアの報告と感染率がわかれば、国が本気で動くので、国の負担がなくてもきちんと治療薬が届くようになります。
大澤:
ザンビア政府に提案する際、カウンターパートはどのような方なのでしょうか?
後藤:
提言する人も理解がある人を選んでいます。ある程度立場が上の人を最初からプロジェクトに巻き込んでいれば、末端から提言を上げて行くパターンと比べて、途中でやめろと言われるのを防げます。そこは、コーディネーターの方が上手に調整してくれていますし、ザンビア政府機関のトップの方も一緒のチームに入ってくれています。
大澤:
今後の目標、夢、やりたいことを教えてください。
後藤:
定年まであと約15年ありますが、今取り組んでる研究は終わる気がしないです。みんなが大事で面白いと思う研究を粛々と行うというのを、常に思っています。
いくつかやりたいことはありますが、まずは新たな薬の開発です。リーシュマニア症の治療薬として、内臓型リーシュマニア症ではアムホテシリンBがありますが、色々副作用があるので、まだ見ぬ良い薬を作りたいと思っています。直接的に寄生虫をやっつける抗寄生虫薬だけではなく、薬が人体の免疫に働きかけ寄生虫を制御する免疫療法に近いものを作りたいです。病原体は悪いものとして、ただ単に殺す薬だけを作るというアプローチをしてもいずれ薬剤耐性病原体が出てくるので、免疫を上手くバランスして治すアプローチのほうがよいと思います。また、リーシュマニアは宿主の免疫をコントロールすることがすごく上手いので、リーシュマニアが免疫をコントロールする物質を同定して、それを利用した自己免疫疾患に対する新たな薬をつくりたいです。
大澤:
リーシュマニアの宿主免疫機構を解明して、それを利用した自己免疫疾患治療薬を作るのは面白い取り組みですね。他にやりたいことを教えてください。
後藤:
パラサイトミメティクス*というサイトを作っていて、このサイトをある程度形にしたいと思っています。サイトでは、寄生虫そのものを用いるのではなく、寄生虫の特徴を模倣した製品を開発するという取り組みを紹介しています。例えば、私は、リーシュマニアがマクロファージに働きかける能力を使えば、ガンの治療に使えるのではないかという話をしています。国立感染症研究所の下川先生*だと、蠕虫を使ったら一型糖尿病が治るという話をしています。またサイトの中で、日本の寄生虫研究者のマップを作ろう!という取り組みもしています。学会としても、この分野はこの先生というのを網羅的に把握できてないので、そのような情報サイトがあると便利だと思い、全国の寄生虫研究者マップ*を作っています。
*パラサイトミメティクス:パラサイトミメティクス
*下川先生:下川 周子(国立感染症研究所寄生動物部室長)
*寄生虫研究者マップ:寄生虫研究者マップ
大澤:
熱帯医学会員学生部会に向けてアドバイスやコメントをお願いします。
後藤:
普段身の回りにはない病気でもグローバルな視点で見ると多くの人が苦しんでいる病気はたくさんあります。その病気をちゃんと認知して、対策をしていくというのはグローバル化が進む社会においてすごく大事なことだと思います。コロナもそうでしたが、日本は感染症に対して過小評価してますよね。例えば、日本は結核の中蔓延国ですが結核が頻繁に議論されているわけではないです。日本は、がん、心疾患、糖尿病のことを気にかけることも大事ですが、熱帯医学のような世界レベルで見るとまだまだ対策が必要な疾患についても、自ら志を持ってグローバルな研究をやるのは非常に面白いなと思います。
科学を身近に感じてもらいたい
後藤:
情報をネットなどで知ることと、実際に見ることにはかなり差があります。
全国の高校に遺伝子組換え実験を体験する機会を提供するというプログラムをやっていて、小型化した電気泳動装置やPCR装置等を、様々な高校に無償で貸し出しています。私は、東京に住み始めて、地方と比較して体験できることが多いことに驚きました。どんなにネット社会になろうとも、地方の人は質の良い情報を得るのが大変だと思います。関東の私立の高校だと、実験道具や試薬がそろっているところも多いですが、地方の公立高校ではそろっていないことも多いので、これらの実験道具を無償で貸し出しています。実際に体験することで、教科書に書いてあることがより理解できるようになります。
大澤:
机で勉強したことは覚えにくいけど実験したことって頭に残りますよね。
後藤:
女子美術大学の学生と協力して、東大生の研究をわかりやすいイラストにしてもらうという授業も行っています。研究をしたことのない女子美生に説明をして、理解してもらうというプロセスもとても勉強になります。これら作成したコンテンツの発信を通して、生命学科面白いよねって思ってくれる人を増やして、あわよくば寄生虫に興味をもってくれる人を一人でも増やしたいですね。
科学リテラシーがあったほうが、おかしな情報に惑わされて変な主張をする人も減らせるはずです。それってやはり教育ですよね。実習・実験を通して経験することで、日本の全体的な理科レベルが上がったらよいなと思います。
左から、大澤彩夏、後藤康之先生、安中悠眞、佐野はるか
対談者プロフィール
後藤 康之
東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻教授。宮崎県延岡市出身。東京大学農学部動物生命システム科学専修卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 修士課程を経て、同専攻博士課程にて博士号を取得。リーシュマニア症の基礎免疫から病気の実態解明、治療法の開発まで幅広く取り組んでいる。寄生虫が免疫に与える影響を活用し、自己免疫疾患などの新たな治療法開発も目指す。高校生向けの科学教育活動も行うなど、教育・啓発にも力を入れている。
大澤 彩夏
九州歯科大学歯学部歯学科4年。滋賀県出身。昆虫学者である父の影響を受け、幼少期から昆虫や寄生虫、細菌などに興味を持つ。現在は歯周病原性細菌に関する研究に取り組んでいる。将来は臨床医として人々の健康を支えるとともに、世界中にオーラルヘルスの重要性を発信し、予防医療の推進に貢献することを目指している。