
細菌の動きに魅せられて
天願:
現在のお仕事にいたったきっかけや背景を教えてください。
許:
日本に来る前にフィリピンで4年間、真菌や微生物に関する仕事をしていました。その時にフィリピンで国際学会がありまして、東北大学の教授が参加されていました。寄生虫の学会だったのですが、そこで東北大学の先生と特殊プラズマの話をした流れで「日本に来ることに興味はないですか」と誘われ、「面白そうだな、行こうかな」と。その後メールでやり取りをして、東北大学に行くことになりました。
東北大学では農学部の修士課程の学生として、動物微生物という人獣共通感染症のラボにいました。最初研究テーマを選ぶ際に、当時の先生である磯貝先生が「色んなところを見てから、最後に自分で決めたら良いよ」と仰ってくださって。優しい先生だったので。そこでバクテリアや鞭毛の動きを研究している工学部のラボに見学に行きました。そのラボでは、バクテリアの細胞を動画で撮って、実際に一個一個の細胞の動きを観察できるのですが、その動きがナノマシンみたいで「すごいかっこいい!」と思いました。それが細菌の形態変化や鞭毛の動きに興味を持ったきっかけです。
内田:
中村修一先生の研究室ですか。
許:
そうです。ご存じですか。
内田:
はい、11月のグローバルヘルス合同大会で講演をお聞きしました。許先生の講演もお聞きしたのですが、とても分かりやすかったです。
許:
ありがとうございます。
日米医学協力計画(USJCMSP)によるコレラのパネルミーティング発表時のお写真
天願:
琉球大学に来られた経緯を教えてください。
許:
経緯はとてもシンプルですよ。私は東北大学の工学部のラボで、レプトスピラの研究をしていました。トーマ先生も琉球大学でレプトスピラの研究をされていたので、それがきっかけでトーマ先生と知り合って、何年も一緒にレプトスピラの共同研究をしていました。トーマ先生との経緯があって研究で琉球大学を訪れた際に、その時僕はポスドクだったのですが、山城先生に誘われて琉球大学に来ました。
天願:
その時からコレラの研究はされていたのですか。
許:
コレラは沖縄に来てから研究を始めました。山城先生がコレラを研究されていて、「コレラ菌をやってみないか」と誘われたことがきっかけです。私は元々レプトスピラやサルモネラ、バクテリアの研究をしていました。
私は物理や数学が好きなので、生物物理であるバクテリアの運動や鞭毛の回転を面白いと感じていました。コレラもレプトスピラと同じように動いたり、泳いだりします。元々人獣共通感染症の菌全般に興味があったということもあり、レプトスピラからコレラ菌にシフトしました。今はコレラの形態変化や動き、あるいは環境需要因子に対するレスポンスなどを研究しています。いわゆる細菌の生理学ですね。
内田:
今されている研究の面白さややりがいを教えてください。
許:
研究は好きでやっていますが、うまくいかない時もあります。うまくいかない時の方が圧倒的に多いですね。そこから予想外なことやインスピレーションが出てくるので、それが面白いです。例えば、僕が昔東北大学でレプトスピラの研究をしていた時に、共同研究者からあるサンプルが届いて、それを見てほしいとありました。私たちのラボには細菌の運動を観察できるデバイスがあるので。観察してみると、そのサンプルの運動は特に普通の菌と変わらないのですが、顕微鏡の光を強くすると運動が一気に加速したんですよ。ほとんどの細菌は光に反応しないんです。とても予想外のことなんですね。
実はいま研究しているコレラ菌もそうなんですが、沖縄の安謝川からコレラ菌を取って、その菌から分離した核を同じように強い光に当てると反応してくれるんです。運動が強くなったり、鞭毛が速くなったり。元々それを発見するつもりはなかったんですね。研究や実験をしているとこのように予想外なことが湧いてくるので、それが面白いです。
内田:
逆に、研究や仕事をしていて難しいところはなんですか。
許:
実験や研究で難しいことが出てきても、それを乗り越えるのが僕らの仕事なので、そこは特に難しさを感じたりはしないです。
基礎研究と臨床の場との繋がり
天願:
これからの夢や目標はありますか。
許:
僕らは基礎研究をしているので、学生からも同じような質問をよくされるんですね。「今やっている仕事は何に役立つのか」とか。やっぱり基礎研究をしながらも、常に臨床の場を意識しています。研究しているのは、何か病気を引き起こすいわゆる病原微生物だから、今やっている基礎研究を感染症や臨床疫学の場面に何かの形で応用できたら良いなと思っています。あとはずっと基礎研究をしているので、フィールドワークをあまり経験したことがありません。僕らはバングラデシュのicddr,b*という、多分世界で一番大きい下痢症専門の病院とも今ちょうど研究をしているので、実際そこに行って臨床研究をしてみたいです。
*icddr,b:International Centre for Diarrhoeal Disease Research, Bangladeshの略。バングラデシュ国際下痢性疾患研究センター。
内田:
やはり現場での臨床研究とここでの研究は違いがありますか。
許:
現場の方が僕らの基礎の話を聞いて結構面白く思ってくださるんですが、僕らも単純にラボで自分の世界にいるだけではなくて、実際に臨床の最前線で学ぶことが大事なんですね。例えば、彼らが実際に患者さんのお家に行って水をサンプリングして、解析するんですよ。その水の中に感染源が存在するかどうかや、あるいは患者さんの嘔吐物や排泄物をサンプリングしてそれを解析するのもまた面白い仕事なんですね。例えば、僕らが今やっている1つのテーマがコレラ菌の形態変化なんです。ラボではいくらでも人為的に菌を変化させられるんですけど、”実際環境上はどうなるのか”や”感染した患者さんの体内ではどうなるか”などを臨床の現場で学ぶことができます。
天願:
繋がりは見えますか。
許:
もちろん。今はAMED*やNIH*のプロジェクトで共同研究をしているので、共同研究している方を琉球大学に招待して”ここではどういう仕事をしているのか”を教えたり、あとは僕らが実際に現場を見に行ったりしています。今年の4月にバングラデシュに行くので、臨床現場では実際どのように診断しているのかを学びたいです。
*AMED:国立研究開発法人日本医療研究開発機構
*NIH:アメリカ国立衛生研究所
天願:
沖縄の安謝川にコレラ菌がいることを初めて知りました。感染したりもするんですか。
許:
昔は感染者もいましたが、今は滅多にいないです。環境微生物なので、環境から分離することは昔はありませんでした。
天願:
コレラ菌のように日本では感染者が多くない感染症もあると思います。その中で、日本が熱帯医学に貢献する意義はなんだと思いますか。
許:
僕が思う1番大きい意義は、まさに熱研やJICAのようにアフリカや東南アジアなどの研究者達の国際ネットワークを構築して、研究やトレーニングのシステムを作ることだと思います。感染症は国境を超えるので、意味のある取り組みじゃないですか。
僕の東北大学の先生や山城先生もそうなんですが、JICAやアフリカのザンビア、山城先生はベトナムですよね。色んな地域で活躍されているので、現地のラボを立ち上げたり、ポリシーや政策を作るなど、そこは大きな意味をもつと思います。
好きなことを追いかける
天願:
学生時代に頑張っていたことや熱中していたことはありますか。
許:
僕のアカデミックな背景は生物なんですね。東北大学では工学部のラボで働いているということもあり、数学とか物理をたくさん自分で勉強して、簡単なプログラミングも身に着けました。やっぱり生物物理は面白いのですが、それを解明するには他の分野の知識や技術も必要になるので、それを習得するために一生懸命勉強しました。
内田:
工学であったり、臨床もということでかなり幅広く分野を持たれていると思うんですが、生物が専門だった時に他の分野のことを学ぶうえで、障壁になっていたことやその障壁を越えるために意識していたことはありますか。
許:
多分工学系の人が生物系にくるのは、比較的簡単だと思います。でも生物系の人が工学系に行くのは難しいと感じました。でもやればできると思うんです。何事も。
内田:
途中で嫌になったことはないですか。
許:
特にないです。好きなことですから。
天願:
今現在心がけていることはありますか。
許:
普段の会話やニュースを見ていて、これは自分の研究に役に立ちそうかなとかそういうことを意識しています。役に立つものを探すというよりかは、いろいろな情報を見たら気になってしまいます。
天願:
熱帯医学に興味のある学生や熱帯医学の学生会員に、何かアドバイスがあれば教えてください。
許:
アドバイスとか、そんなあげる立場じゃないですよ。自分もついこの間まで学生だったので。まあでもやっぱり熱帯医学会に所属する方は、お二人のように熱帯医学に興味があるとか関わりたいという気持ちがあると思うんですね。なぜ熱帯医学に関わりたいかや、なぜ興味を持っているのかを常に意識して覚えていた方が良いと思います。あとは内田さんのように熱帯医学会に参加されると気が付くと思うんですが、熱帯医学と一言で言ってもかなり広い分野ですよね。そんなにニッチな分野ではなくて、僕らみたいに基礎研究をしている方もいれば、臨床の方とかもいるんですね。あとは環境学とか疫学とか政策やポリシーを作る人もいますし、教育者もいますよね。研究者もそうなんですが、もし本当にこの道で医師として働きながら研究もしようと思うのであれば、やっぱり異なる分野のことも意識しながら進み続けるのが大事だと思います。

左からトーマ・クラウディア先生、天願由依菜、内田実佑、山城哲先生、許駿先生
対談者プロフィール
許 駿
琉球大学医学研究科細菌学講座助教。中国出身。中国語、日本語、英語に堪能。2010年-2014年までCentro Escolar大学(フィリピン)に留学。2019年東北大学大学院農学研究科博士課程を修了。その後、同大学の工学研究科生物物理工学分野で日本学術振興会特別研究員としてレプトスピラの研究に従事。2020年より現職となる。現在はコレラ菌の形態変化や動きの研究に携わる。学生時代はバスケ部に所属。
天願 由依菜
島根大学医学部医学科3年。沖縄県出身。小学生の時に読んだ小説がきっかけで、感染症に興味をもつ。将来は臨床医としてグローカルに活躍することを目指す。趣味は旅行と水泳。大学では地域医療研究会、合気道部、国際交流サークルに所属。座右の銘は「気になったらレスポンス」。
内田 実佑
長崎大学医学部医学科2年。静岡県出身。2022年、東北大学農学部へ入学。在学中に興味分野が医学へ変わり、学部2年次に中途退学後、2024年、長崎大学医学部へ入学。興味分野は「顧みられない熱帯病(NTDs)」「人獣共通感染症」「生態系」「基礎研究」。